2010年9月 3日 (金)

サマースクールと医療的ケア

かなりご無沙汰となってしまった。
ゆーさくの夏休みに地元の障害児サマースクールという、学生が大半のボランティアさんと遊ぶ企画に今年も参加していて、それに追われていた。
行政の補助金などのバックアップがあるものの、企画や運営は全て参加する子どもの親たちですることになっていて、参加3年目の私もそこそこ仕事があった。
肢体不自由の子どもたちのグループに参加していたけど、寝たきりの子ども自体の参加が余りなく、なおかつ医療的ケアが必要というような子どもの参加は更に余りなく。
ボランティアさんたちはみんな子ども好きで真面目な方たちが多く、どんな障害でも一人の子どもとして接してくれるので、サマースクールという企画は素晴らしいと思う。

ただ、体育会系というか、みんな大変で苦労してるんだから、横一列に頑張れ的な…いや確かにそうなんだけど、自分たちは社会に子どもへの障害への配慮の理解を広めていかなあかんのに、自分たちの世界の中では子どもの障害への配慮を求めることはワガママなのね…みたいな。
例えば看護師さん一人がいるものの個別には対応してもらえないので(日頃の状態を知り子どもの意思を読み取ろうとする見慣れた看護師さんでもなく、また個別の医療的ケアに対応という意味あいよりも参加する子どもたち全員の状態把握や緊急対応の意味あいが強い)、必然的に付き添っているのだけど、他の親同様の仕事をしなきゃいけない。
ならばせめて仕事をみなと同じようにこなすため、ゆーさくにとっての看護師さんの理解を先輩にお願いしたら「サマースクールはボランティアを育てるためでもある。サマースクールのような場やそこに看護師いるだけでも良いと思いなさい」とか「看護師いるんだからいい加減子離れしたら?」といわれる有様…。
それが学校や病院の先生などいろんな子どもに接してきてなおかつゆーさくとも関係を持ったことがある人や某医療的ケアの親の会の先輩に言われるならともかく、むしろ先生たちや親の会の先輩こそ「誰でも看護師がいたら良いものではない」って言う人が多いように思う。

しかし、よく知らない人にそう言われる現状こそが、医療的ケアの必然な子どもや親が障害児の親の世界の中の更に狭い世界からなかなか外に行けてないことを示してるんだろうなとも思う。

ちなみにゆーさくは3年目にしてやっと慣れて楽しそうに過ごしている。
しかしなかなか外に出ていくことはシンドイなぁ。


2010年7月13日 (火)

幸せな一日

今日学校に行ったら通院がみんな重なり5人が欠席だった。
7人クラスなので、今日はゆーさくと一年生の男の子の二人きり。
担任は交代で他所のクラスに応援に行ってたようで、朝の登校時はゆーさくの大好きな先生と超ベテランの先生の二人だけだった。

連絡帳の記録を見ると、私が(長いこと担任と喋った挙げ句なんだけど)学校出てからも、結構な時間、大好きな先生と二人で過ごしていたらしい。
その後の授業は女の先生たちと変わり、ゆーさくが最近好きなゆったりと先生のキーボード演奏を聞くのがメインの授業をしてもらい(普段は別の刺激的な活動があって、そのあと最後にキーボード演奏でゆったりする授業で、いつも前半の活動はイヤイヤ気味…)、かなりご満悦だったらしい。
途中一年生の男の子が絡んでくると、ものすごく嫌がったそうで。

その後、給食あって、午後の活動あって、3時に私が迎えにいくと、その時はまた大好きな担任の膝の上にいた。
私が着くと、めちゃくちゃ体を反らして瀕脈で出迎えてくれた。
今日の学校の内容を教えてくれた後、女の担任や看護師さんが「ただ今日、朝も昼も寝なかったんです」と少し心配そうに報告してくれた。
朝に家か学校で二度寝をし、更に昼寝もするのがいつもの最近のゆーさくの生活パターンなんだけど。
さすがに今日のゆったりして好きな先生ばかりとの時間を過ごしたのを聞いたら、私はつい「ゆーさくも今日はウカツに寝たらもったいない思ったんちゃいます?」と言ってしまった。
先生たちも納得していた。

しかし、下校するのが大変だった。
先生たちと私で話してる間は、好きな先生となんかゆったりしてて、話が途切れるたびに怪訝そうな表情で体に反りが入っていた。
「話が途切れたら「さっ、帰ろう」言われるのがわかってるんやなあ」と先生たちと笑った。
結局訪問看護の時間ギリギリまで大好きな先生の膝の上で居残っていた。

車の中でも反り反りでアラームを鳴らしていたけど、帰ったら帰ったで観念して落ち着き、風呂入って注入したら爆睡だった。
今日はゆーさくにとってはとても幸せな一日だったようだった。

方や私は、朝登校時、自動車専用道路をそれなりに飛ばしてたら、いきなり前のトラックの荷台から空と思われる段ボールが飛んできて、びびったのなんの。
またハルネのお迎えで保育園の駐車場で車の前のバンパー下を小さな階段で擦る始末。
私的には余りついてない日だった。

2010年7月12日 (月)

ゴーヤの花

ゴーヤの花
我が家のベランダ菜園、今年はわりに順調かもしれない。

先週くらいから日よけゴーヤが花を咲かしてるのだけど、♂ばかり…。
蕾も♂だらけ。
しかしやっと見付けた♀が今日初めて咲いた。
♂に比べ可愛らしい小さめの花だ。
念のため、朝、人工授粉しておいた。

ちなみに今日は、ミニトマトも一つ、初収穫だった。
しかし、赤くなった嬉しさ余って、収穫早過ぎたみたい。
とうちゃんに食べさせたら、「青くて食えねぇ」とかなりまずそうな顔をされた。

2010年7月10日 (土)

いつまで続くか

ダイエットその後。

なんと続いております。
ただ今ピークからマイナス11㌔。

今の私のダイエットメニューは以外の通り。

食事関係は…
一、食事量は3月に減ったままをキープ。
一、間食したいときは、昼まで。ただし我慢はしない。好きだったポテチを食べたら一食抜く。
一、晩御飯後の間食は無し。
一、水分はミネラルウォーターのみ。一日ペットボトル1本2㍑は毎日飲む。

水分はダイエット以外でめっちゃええことがあった。
毎月の月経が、年々期間が短くなりつつドロドロで痛みがキツクなってきてたのが、わりにさらさらに戻り期間もまた基に戻ってきて痛みがマシに。
二日間は薬飲んでたのに、こないだは一回飲んだだけでしのげたではないか。


お肉関係は…
一、骨盤体操
一、二の腕、腹筋、内股を鍛える
一、ちょいと教えてもらったベリーダンスの腰と胸使いを練習
最初の二つは、ダイエット本を見てやっていたりする。
結婚前に痩せてたときは食事だけのダイエットだったので、あっという間にリバウンドしたわけで、今回は筋肉つけたいなあと思っている。
ダイエット本に、筋肉があるだけで脂肪を燃焼するから太りにくい、と書いてあった。
あと筋肉必要と思ったのは、腰痛予防と、ゆーさくや呼吸器をひょいと担ぎたいのと、さらに痩せて皮膚が余るのが嫌なのと…。


そのほか
一、汗をかくようにする
一、アロマオイルとマッサージブラシでリンパマッサージ&セルライト対策
汗は、水分とってのも代謝が良くないとよくない…と思い、ゆーさくがいないときはなるべくエアコンなしにしている。
あと、化粧も今使ってるメーカーが推奨するすっぴん肌を目指し、すっかりファンデーションはなしになった(一応ヘビメタなんでアイメークと口紅はやめられませんが…)。
ファンデーションなしにすると汗も出やすい気がするし、なにせ毛穴が目立ち気味だったのがマシになったような気もする。
マッサージは、お世話になってる某食材宅配の日用品カタログでたまに目にしてて、そしたら通販のアマゾnで何気に見つけ、それがアマゾnでは売れ筋商品だったので、試してみることに。
マッサージブラシは2面あって、毛の面でで血流良くして角質をとって、木のイボイボ面でリンパマッサージ&セルライト対策。
イボイボ面を使うときにアロマボディオイルを体に塗っておく。
使いだして1週間ですぐに細くなったわけやないけど、とりあえずアロマオイルの香りがシャキッとしてええし(私は鼻が悪い方で、とうちゃんにはキツイらしい。)、肌がべとつくことなくモチモチになる。
あと、元々10代のころは筋肉体質だったので、今もてっきり筋肉だろうと願ってた二の腕とかが、マッサージにより柔らかくなりやっぱり脂肪やったんや…ということに気付かされた。
頑固な脂肪が柔らかくなり、今の見た目はヤバいが、これから筋肉鍛えてることで脂肪が減って最終的には細くならないかと願っている。


とりあえず、ダイエットとしてやってるのはそれくらい。
私の周りでダイエットやってる人たちがいて、姿勢を良くするだの露出を増やすだののアドバイスも頂いた。
姿勢は意識してもすぐに忘れるし、露出は普段から暑いと足は出すほうやけど後はさすがにまだ勇気がない(ただ服のサイズが小さくなって、服を買いに行くと選択の余地が増えたので、それは嬉しい。)。
というか、オシャレしたとこで、毎日出かけるけど、子どもたちの送り迎えや病院やし…。
あと毎朝ウォーキングってのも聞いたけど、今でさえ5:30には目指し時計かゆーさくに起こされる日々で、ウォーキングするために更に早く起きるなんてそれは無理。

目標は結婚前の状態だ。
目標の半分まで来たけど、それでもなんか体が楽になった。
ハルネを走って追いかけるとか、体軽くて走り安いのだ。

しかし、いつまで私のダイエット熱が続くのかは、わからない。
もっと具体的な目標があればええんやけどなあ。

2010年7月 6日 (火)

原稿作成

原稿作成に追われつつもちょいと一息…

某医療的ケアの親の会は今年で20周年を迎える。
しかし、一方で臓器移植そのものはともかく子どもや赤ちゃんも脳死は人の死として良くなってしまったし、障害が重く意思表示ができない人の呼吸器治療は本人がかわいそうだし医療費抑制のためにも控えたらどうかみたいなことを公然と言う奴まで出てきてしまい、なんか世の中が呼吸器をつけて一人の人間として生活していくことに厳しい社会になってしまった。
そこで、親の会ではこの半年間、有識者をお招きし講演してもらい、みんなで学習しましょうという集会を全国数箇所で行った。
うちの家族も交通費や移動時間、そして学校やとうちゃんの仕事の日程を考慮しながら、4回参加してきた。
そのうち2回は私が幹事として役を勤めている地域で行われた。
私が幹事としてメインでやっている地区レベルで発行する会報作成&編集の仕事では、その2回の学習会の講演内容を要約して記事として会誌に掲載した。
その記事を作ったのは、私。
レジュメとレジュメに書き込んだメモを頼りに原稿を書いた。
最初に行った集会は社会学の先生の講演で、レジュメにかなり詳細に講演内容が書かれていて、レジュメというより教科書だったので、内容を要約して記事にするのはわりにスムーズにできた。
もう一つは宗教学のお坊さんの講演で、話自体がお坊さんの説法なんで専門知識とか全くなくて、とっつきやすい内容だったし、これまたスムーズに原稿ができた。


その私の記事をみた本部役員さんたちから、本部から全国の会員に発行する会報(本誌)に、他の私が参加した講演を記事にすれよう言われた。
地区会報の記事がわりにスムーズだったので、私は了解した。
とはいえ、一人で4つは大変と別の地区で行われた集会の内一つはその地区の役員さんがすることになった。

また地区会報に載せた集会は地区会報の原稿をそのまま転載することにし、なので別地区の原稿を一つ作ることに。

しかし、その集会の講演者は国際法専門の先生だった。
法律だ。
でも、確かその先生の講演はわかりやすく勉強になった記憶がある。
けど、レジュメとメモ書き見ただけでは他の集会の原稿のように、すぐに講演内容を説明できなかった。
法律の基礎の基礎の説明があり、それを理解した上で、それを基にした考え方があって…。
原稿にするのに、一番頭を使った。
講演を生で聞いてるときは、先生の話し方がうまく、頭にすっと入り、納得してたはずなのに。
原稿を作成するのに資料として事務局から講演の音声テープを紙におこしたファイルを頂き、それとレジュメとメモ書きをひたすら見比べ、なるべく難しい言葉にはわかりやすいかみ砕いた説明を入れ、更に話の要点をまとめる作業は、めちゃくちゃ時間がかかった。
日曜日の昼から始め、今日までかかった。
家事や育児は普段通りなんで(ってもハルネほったらかし気味ではあったが。こういう時ゆーさくはわりに空気読んでおとなしくマイペースにしていることが多く、お兄ちゃんだと思う。)、昼間子どもたちがいない時間と夜子どもたちが寝てからの時間をメインに、3日間パソコンに向かっていた。
ちなみに〆切りは昨日だったのを、今日に伸ばしてもらっていた。

しかし、私はオカシイとこがあって、そういうことを気軽に引き受け、自らを窮地に追い込み、バタバタしながらなんとか一応やり、なんとかできたときの達成感(完璧な出来上がりではく、形上の出来上がりだけど)に爽快になり開放感を得ることに、やり甲斐を感じたりする。
で、つい次の仕事を引き受けてしまい…同じことの繰り返し。
薄々感じてはいたし人から言われたりもするのだけど、これってやっぱり精神的に私マゾなのかしら。
ちなみにこんな私に被害受けてるのは、家族だろう。

でも、一応やってることは子どもたちの生活や人生のためのものだと思ってやってるつもりなんだけど。

2010年7月 2日 (金)

相変わらず微妙な体調が続いているゆーさくなのだけども、大きく体調が崩れないのは精神状態が安定しているからかなぁと思う今日この頃…。

新しい学年やクラスになり3ヶ月が過ぎ、最近慣れてきたかなぁという感じがある。

一つは、学校が大好きなこと。
朝、暑さで筋緊張が強い日もあるんだけど(クーラー入れたら下がる)、それ以外でも筋緊張が高いときは「学校に行くよ」と車椅子に載せたり車に乗ったら筋緊張が下がることが結構ある。
早く学校に行きたいんやなぁと。
逆に病院の日はわりと朝からテンション低めというか。
昨年度の病院行く日の方がなんか元気みたいなことがあったのが嘘みたいだ。
また下校時、私が迎えに行くと私を横目でチラチラ見ながら眉間にシワが入り筋緊張があがることが多い。
月曜日だったか、うちの車が駐車場についたのを担任の一人が確認してゆーさくに「お母さん迎えにきたよ」というと、心拍数50くらい上げて体に反りが入ったらしい。
私が教室についたときには反っていた。
でもいつも担任に申し訳ないのだけど、30分くらい補習(?)をしていただいている。
ゆーさくが帰ることに納得、もしくは諦めるのを待つというか。
補習内容は、その日の学校での様子や出来事を担任と私でゆーさくに確認しながら喋り、そして大概話しはそれて大人の雑談になってしまうのだけど、それをゆーさくが楽しそうに聞いているというような内容。
あまりに話しが盛り上がると、訪問看護の入浴に間に合わなかったりもしたりして…。
学校がめっちゃええんやなぁ…昨年度のことがあるんで、私もすごく嬉しい。
家では結構ほったらかしというか妹中心に回ってるし、だからこそ学校がええ方が私も助かる。

もう一つクラスに慣れたかな…と思う理由は担任との関わり方だ。
今年は担任全員とわりに馴染み、どの先生に対しても意思をしっかり出してどの先生の介助にもリラックスしている。
昨年度は先生たちが首をしっかり抱え込む横抱きばかりで、私が"ゆーさくが横抱きでは落ち着かないのをなんとかしなければ"と「支座位してください」何度も言い続けていたのが嘘のように、私が特に言わなくても(昨年度の担任の中で支座位をしてくれてた先生たちが持ち上がったのでその先生がいうてるかも)、みんな「ゆーさくさんこの方が落ち着く」と今年の担任にはみんな支座位が当たり前となっている。
新しい担任で一人某重心施設の学校から来た超ベテランの先生がいるのだけど、子どもへの関わり方がやっぱりベテランで普通に支座位をすぐにとっている。
大概その手の先生って医療にしても教育にしても、経験や一般論を押し付けられて、あんまりいい思いを親子共々してきてないんだけど(むしろムカつくことばかり)、その先生はいろんな子の一人一人とどう仲良くするかみたいな視点での経験が豊富な先生なので、私もベテランでも内容次第でめっちゃええ先生いるんやなぁとちょいと私の歪んだ先入観を見直しさせてもらっている。
ゆーさくだけやなくて、気管切開の後輩が支座位まではいかないけど比較的体を起こして首支えない姿勢が落ち着くのだけど、その子に対してもその姿勢が当たり前になってるようで、お母さんが「先生ら最初首しっかり支えて横抱きしててうちの子嫌がってたしいつか言わないとなぁ…思ってたら先生ら気付いてくれはったしよかったわあ」というていた。

あと、最近どの先生にも馴染むようになっただけでなく、今年度当初、今年からの若い女の担任に最初はデレデレでカッコつけたり愛想振り撒いていたのもすっかり態度が自然になってきた。
それも慣れた証拠だと思う。
んで、今はすっかり昨年度からの持ち上がりの大好きというかゆーさくの心の支えの担任に戻った。
元のさやに戻ったというか。
どの先生にも馴染むけど、一人一人に対する態度は異なってて、やっぱりその担任は特別らしい。
朝学校ついて、別の先生に介助してもらってるときに、その担任がバス登校の子の介助をしながら後から教室に入ると、目がパチッと開きドアの方みるし、別の担任が介助してて、その担任がそばで話ししてたら担任に「先生抱っこしてや」と眉間にシワよせながら口を少しヘの字にして目で訴えている。

なんか昨年度一年間が嘘みたいだ。
というか昨年度の一年間があったから、ゆーさくの心の支えの担任とも親しくなれたし、今年度がめっちゃ良く感じられるのかも。
ただ昨年度は今時期くらいからゆーさくの体調は2学期中頃まで下降した。
今年度は昨年度にはない喘息は出てるけど、でもなんか悪くなりきらない辺りで比較的安定しながらキープ、日によっては今日なんかそうだけど喘息どこ行った?みたいに調子よさ気な日があったりして、なんか私も安心している。


しかし、そういう良い日々はあっという間に過ぎ去るもので、もうすぐ夏休みだぁ…。

2010年6月25日 (金)

空咳

梅雨で天候が不安定だからか、相変わらずゆーさくは微妙な体調の日々が続いている。
しかし昨日は、活気あって(ぼーっとすることが少なく目力があるというか)、なんか調子よさ気な一日だった。
しかしそれでも、夜に断続的な空咳があったのだけど、筋緊張も上がってきたので、「寝る前の吸入を早く今しようか」と聞くと、シャープに口角と鼻をヒクッとさせ「いる」という返事があったので吸入したら、表情が晴れて楽そうになりしばらくしてすっと寝た。
そういえば、体調イマイチなときでもそういうやり取りをゆーさくとできたのは、久しぶりだったような…最近、どっちに転ぶかわからない微妙な?な状態なのはそういうやり取りができず、私や担任がひたすら状況判断するしかない状態だったからなのもあるように思う。
そしてその状況判断の材料が空咳、胃の出血、分泌物の出具合、てんかんと筋緊張で、いずれも良くはないので、だから微妙な体調と判断せざるを得なかった。

中でも、空咳は結構ネックとなっている。
だって、長期入院明けの今までの4年間、空咳増えて臨時に気管支拡張剤の吸入を使う日々はなかったのだ。
なのに今年は、3月に風邪から大きな喘息が出て後を引いてる感じで、結構使う状況が多い。
昨年までは稀だったので吸入を割と簡単に使っていたが、今年は吸入することが多いので、一応先のこと(時間)を考えなければいけなくなった。
空咳が出やすい夕方や朝にバシッと吸入が使えるように、中途半端な時間にしないように考えている。
吸入も使いすぎると心臓に負担をかける副作用があるので、4時間間隔を取るように指示をもらっている。
本格的な発作が出たら2回までは連続でするように言われてて、2回で収まらなければ病院行ってステロイドの注射をうつことになっている。
ステロイドまでの本格的な発作がでると回復に時間かかるし、入院の可能性も高くなるし、胃から出血があったり筋緊張が高くなったり…といろいろと生活に差し障りが出てくる。
なので、吸入することが増えてくると、それが緊急の処置ではなく日常の処置になり、そっから悪くなったときの緊急の処置が次の段階になり…とズルズルステロイドに近づいて行きかねない。
3月は数年ぶりのステロイドだったから一発打ってめっちゃ効いたので入院なしで、後はしばらく内服のステロイド飲んで乗り切れたから、ある意味単発的な喘息だったのですぐに生活も元通りになった。
しかし今この状態でズルズルステロイドまで行くと、3月のようにあっさり治療終わりといかないように思う。
だから、初期治療の段階でキープして、今のこの状態が悪くならないようにして、次の治療の段階にいかないでほしい。
もちろんゆーさく自身がしんどくなってしまったならば、躊躇したらダメなのだけど、でも臨時の吸入することが毎日になりつつあるこの状況では吸入以外の手段を試すようにしている。
水分をとり気管支の痰をふやかし出しやすくするとか、呼吸介助のリハビリ(スクージングっていうんやったっけ)とかして気道を広げるとか、なるべく呼吸が楽になる姿勢(右肺が悪くなることが多いので左に体を横向きにしたり、前屈みの支座位や、俯せ)を取るようにするとか。
左に体を横向きにしての呼吸介助のリハビリは割と効果があるように思う。

さてさて、空咳が多い今年、空咳が出やすい状況の一つが、今までになく今年初めてのことだったりもする。
入浴後だ。
入浴は呼吸器を外し酸素チューブつけて入る。
入浴の時間は呼吸器の圧が気管支にかからず気管支が狭くなるわけで、それでも今までは入浴の時間くらいは呼吸器外しても空咳ってなかったんだけど。
とはいえ、調子悪そうな日だけで、そんな慎重にはしていない。
だって風呂は筋緊張が和らぎゆーさくもリラックスできる貴重な時間だし。
一応気をつける位の話しで。

そんな状況の中、今日学校で今年初めての大プールがあった。
初めてなので私も一応付き添った。
大プールも入浴同様、呼吸器外して酸素で入る。
調子悪そうな日は酸素だけの時間は入浴時間くらいの15分を目安に…ということに主治医とも話ししたのだけど、今日は昨日調子よかったし別に15分にこだわらず大丈夫かなと思っていた。
ちなみに久しぶりの大プールにゆーさくはとても良い表情だった。
しかし、体調は悪くはなかったけれども、空咳が出やすい状況の一つの天気の不安定さが今日はあり、結局今日もひるから空咳が出始めることに。
呼吸器外してた時間も影響あったのかわからないけど可能性ありやなあと後になって思ってしまった。

そんなイロイロと考え判断していかないといけない日々なのだけど、なんか今年は担任の方が状況をきめ細やかに見てくれているので大助かりというか自分のいい加減さが恥ずかしいというか。
昨年から持ち上がりのゆーさくの心の支えの担任が、ゆーさくの呼吸障害のことをしっかり把握してくれている(なんのための呼吸器なのかとか)。
今日なんかもプール上がり、私や看護師さんと二人では空咳ないし教室戻って気管切開のガーゼや固定紐交換まで酸素で行けるかな…言うてたけど、その後担任がゆーさくのとこに来て一言看護師さんに(私はちょい離れていた)「呼吸器に戻してください」と指示をしていた…昼からの空咳を思うと一番担任が大正解。
また、私はプール後に昼で一旦学校出たのだけど、昼から空咳出るようになり、吸入をすることになったらしい。
しかし、なんか吸入しようとしたら、息を吸わないらしく(状況見てないので、口説明では私よくわからないんだけど…)吸入にならないと、結局担任が呼吸介助のリハビリをしてくれてて、それで落ち着いたらしい。
おおっ、吸入に頼らない方法、担任の方が適切に対処してくれてるではないか。
そんな具合でそういう担任に助けられ、担任の姿から私も自分のなりふりを改めさせられたり教わったりしている。

なので、今年は空咳出やすく吸入が必要なんだけど、逆にきめ細やかで早めの対応をすることで今以上悪くはならないんじゃないかしら…と楽観的なことも考えてもいる。

2010年6月21日 (月)

最近の日々の徒然

こどもたちは相変わらずマイペースで、なんか忙しい日々でございます。

ハルネは年中さんになり、昨年度は鼻水たらしっぱなしのことが多かったのに、嘘のように鼻水垂らしてることがなくなり、風邪もひかなくなって、さすが保育園で揉まれてるだけあるって感じ。
別に意識はしてない…というかそこに至るまでの土台が大事と思って表情や前後の状況を重視してるのだけど、なんか言葉が一気に増えてきた。
「ねぇねぇ、おかあちゃん、これ、なあに?」とか喋っている。
日本語喋ってる!と言葉に最初はびっくりするが、いろんなことに興味持ち知りたいって気持ちが表してくれてることに嬉しさを感じる。

方やゆーさくは、3月の久しぶりの喘息が尾を引いてるようで、悪くはならないんだけど日によって体調が微妙でどっちに転ぶかわからないのが、ちと要注意。
なんか5.6月と、昼から夕方になり空咳増えて臨時の気管支拡張の吸入処置が必要になったり、なんか週1ペースで(すぐに止まるし少量なんだけど)空腹時に胃から出血したり、突然腸の動きが悪くなり浣腸しようが摘便しようがウンチがでないというよりウンチない!みたいな状態になり毎朝プロバイオティクス系ヨーグルトを注入するようになったり…と、病院に慌てて行くほどの悪さではないが、ドタバタいろいろ起こっていた。
でも、学校が大好きなようで、学校に向かう登校中は穏やかなのだけど、私が迎えにいくと筋緊張があがる。
また今年度になり、昨年度からの持ち上がりの担任で(二人いて一人はゆーさくが大好きな先生なのだけど、もう一人の)、昨年度はさほど嫌でもなく大好きでもなく…って担任の介助がお気に入りになったようで、安心するのかエライまったりするようになった。


またゆーさくは今年度初の地域の小学校での地域のこどもたちとの交流をやることになり、先週今年度1回目の交流も無事に終わった。
最初は反り反りしたり、交流先の一つの支援学級の教室に着いたあとは泣き顔になったりもしたんだけど、支援学級の教室に畳スペースがあってそこをゆーさくスペースとしてお借りして、そこで休みつつまずは少人数の支援学級のこどもたちとのんびり過ごしたら次第に筋緊張も収まり表情も良くなってきた。
その後、交流する同じ学年の普通学級に短時間だけとなったけど行くと、最初は反り反りしてたけど、メインの活動にはしっかり参加。
普通学級の教室出るとホッとしていた。
しかし予想外で廊下で、プール帰りの5年生のこどもたちたくさんにすれ違い囲まれて、「事前に説明されてた俺の予定にはこんな予定なかった」というかのごとく、筋緊張MAX、180超え頻脈アラームとなった。
とりあえず支援学級の畳スペースに戻ると、筋緊張や頻脈も収まり、穏やかになる。
何ごとも経験やて、5年生に囲まれパニックになっても、とりあえず地域の学校にゆーさくのお気に入りのスペースがありちゃんと立て直しできたから、よかった思った。
徐々にこどもたちに囲まれることに慣れて、その状況でもしっかりマイペースに居ることができるようになるとええなあと思っている。
なにせ、療育園→養護学校なものでそういう大勢のこども集団の中にいるというこどもとして当たり前の経験が少ないもんで。

最後にワタクシの近況はというと、今某医療的ケアの親の会の仕事がぁぁぁ…簡単に引き受けるから〆切り前に泣きをみるのだ。
ってもめっちゃ勉強になるし、嫌ではないのだ。

あと、ベランダ菜園の熱も覚めやらぬなのと、ピアノもほぼ毎日続いております。
ホンマはそろそろゆーさくの夏の衣装のじんべいを作りたいのだけど、そこまでは辿りつかず。

またダイエットも続いております。
間食抜き、デザートは朝、水をちょいちょい毎日ペットボトル1本は飲む、あとは栄養やダイエット成分を足すサプリメントではなくデトックス系の漢方薬ぽいサプリメントたるものを見つけ飲んでて、風呂はなるべく汗かくように入ったり。
あとは、自分の体に筋肉の補整下着を作ると腰痛予防にもなるし、またダイエットに繋がる体の基礎代謝をよくすることにもよいということを知り、ちょいと気づいたときに体を動かすというか筋肉を意識して鍛えてみるようにしている。
ベリーダンスのステップとか脇腹のインナーマッスル鍛えられるしちょいちょいやってみたり、あとは大股で歩くようにするとか、ゆーさくの吸入は相撲の四股を踏むような姿勢で軽くスクワットしながらみたいな。
とりあえずは、5月みたいに某医療的ケアの親の会のイベントで、ベリーダンスのバックダンサーのお呼びがかかったらすぐ行けるようにしておきたい(笑)。

2010年6月 6日 (日)

トウガラシ開花

トウガラシ開花
先月鉢植えした苗で昨日一番にトウガラシが初めて花をつけた。
ミニトマトも一つもうすぐ咲きそう。

何気に栽培方法をネットで検索したら面白いベランダ菜園のblogを発見した。
日当たりとか鉢の大きさとか万全とは言い難いのに置かれた環境と仕事で忙しい合間の最低限の世話でいかに収穫できるか、そして収穫高も計算されてて、知識や形から入ろうとする私にとっては、肩の力が抜けお気楽にベランダ園芸を楽しむことを教えてくれたblogであった。
そのおかげかわりと朝晩の洗濯家事のついでに、水やりやらわき芽とりやら虫チェックが続いている。
ちなみに虫が嫌いなので思い切りオルトライnだったか薬使っちゃいますケド…。
毎年困っちゃうアブラムシは今のところ見かけず、でも葉っぱの一部がなんか少し茶色やと思えばハダニがいる。
ハダニくらいなら指で取れるようにはなった。

そのおかげか、今回わりとトウガラシやミニトマトが育ってきている。
茎がしっかりしてるというか。
初めてのオクラはなんか育ちが遅いし、これまた初めてのニガウリは逆に成長が早い。
私の様々な趣味に無関心のとうちゃんも「朝から強烈に朝日が入って暑いのをなんとかして欲しい」とニガウリの成長だけは楽しみにしている。
高さ190センチの支柱&ネットもをこないだセットしておいた。
また、ヨトウ虫が嫌で買ったものの植えるのを悩んだシソの種、結局オルトライn使っちゃえと思い植えてしまった。
今芽が出たところ。

毎日が楽しみである。
っていつまで私の園芸熱が続くのか…。

担任の姿から我に返る

学校ネタ続き。

昨年は保護者VS担任(主に一人のベテラン)モードであった。
なんか担任に言おうものなら、スルーされるか私が言ったことの倍の屁理屈を一方的に言われたりして、ゆーさくの吐血ほどではないが私まで胃がチクチクとなった。
しかし、担任は複数なので、クラス外の先生に介入してもらったものの、他の担任と繋がるだけで、年度末になってやっと雰囲気が一転。
早く繋がっとけばよかったと反省している。
まぁごたごたがあったからこそ、他の担任の良さが引き立ったのかもしれない。

その中でゆーさくが大好きな担任がいて、私も繋がることで随分その担任からいろんなことを教わるようになった。
その担任からもお母さんからいろいろ盗んでますと言われたりもするが、いやいや私のほうが…。
今年も持ち上がりで担任なので、今年はいろいろと教わろうと思っている。
また去年とは真逆のタイプのベテランの先生が担任に加わり、この先生のおかげで自然に先生たちと話ができるようになった。
お母さんに対してうっかり同じ教員のような感覚で喋ってしまうことあってすいませんとか言われ、いやいや私も図々しく先生たちに混じってタメ口なったりしてすいませんみたいな。

そんな環境で、先日改めて昨年から持ち上がりの担任の思いに我に返らされたことがあった。
ゆーさくは筋緊張が強い痙直型悩性麻痺なのだが、筋緊張そのものがダメと薬で抑えるのではなく、本人が動こうとした結果見た目に全身に力が入ってしまう現象とか、逆に不快やストレスや体調不良で無意識に全身に力が入ってしまうとか、あとは明らかなてんかん発作か、とゆーさくの状態や気持ちの判断となるものなので、薬は最低限にしている。
本人が動こうとしての筋緊張に関しては、リハビリで筋緊張のコントロールを学習するようにしている。
てんかんに関してはこれは異常なので鎮静剤を使う。
不快やストレスや体調不良に関しては、それら原因を突き止め対処して筋緊張が自然に下がるようにしている。
しかし原因が突き止められないことは多々あり、試行錯誤する間に筋緊張が原因で嘔吐が増えたり呼吸状態が悪くなったりすることが起こり出すと、仕方なく鎮静剤を使うことになる。
また原因が体調不良とわかっても対処しても完全に解決しない場合、例えば高熱で解熱剤使ってもまだ8度あるとかは体休めるために鎮静剤を使う。

しかし鎮静剤使うのはなるべく避けようと思っている。
薬が切れたときに一時的に興奮状態になりしんどかったりして、薬が効く8時間たった後丸一日ぼーっとしている。
酒飲み過ぎの二日酔い状態みたいなのかしら…って私は鎮静剤を経験したことないからわかんないけど。
あと鎮静剤使うとコミュニケーションが取りにくくなる。
何よりむしろ原因あっての筋緊張なのだから、てんかんや高熱以外に関して鎮静剤使うことは原因を突き止められなかった、もしくは十分な対処ができない私の力不足、敗北である。

そのことを昨年度、その持ち上がり担任に個人懇談で喋ってはいた。
何より療育時代に療育園でてんかん以外に鎮静剤を使ったことがないのに、学校入ってからわりと使うことがあるから、いうたのだ。
もちろん学校があかんって言い切るわけやなく、それなりに成長しているゆーさくが普通のこども同様、わかる故の不安や辛さを感じられるようになったのもあると思っている。
その担任も「薬は避けたい」と同感してくれた。

しかし、昨年度はなんか発熱繰り返しや吐血とかで、鎮静剤使うことがあった。
また原因追求しようにも、下校時間が迫っていてこのままでは筋緊張強くて車椅子に乗れないという理由で鎮静剤を使うこともあった。
学校看護師さんがしっかりしているが故に、医学的に筋緊張が異常だと鎮静剤使用の判断をして、私に連絡したのち使うこともあった。

ところが、今年は違う。
木曜日、喘息気味が原因で筋緊張が強くなり、収拾が着かなくなってきた。
原因はわかっている。
対処は気管支拡張剤の吸入…しかし、吸入には使用限度があり一度吸入して一旦落ち着いて寝た寝起きだったため、吸入はしばらく使えない。
使えないわけやないけど、喘息の大発作でもないのに使ってしまったら、大発作が起こったときに何もできなくなり病院でキツイ薬を使うことになる。
あとは姿勢や呼吸リハビリ…、しかし介助の手が常に必要で片時も手を離すことができない(→車椅子に乗れない→下校できない)。
担任たちが(私もたまに混じり)交代で姿勢やら筋緊張が抜けるようマッサージやらなんとかしようとしてくれていた。
その日の看護師さんは今年からの新しい看護師さんで、まだ様子を伺っているような状態だったし、勤務時間を過ぎていたので途中で帰ってもらった。

んで、こういうときのゆーさくの下校に関してある策が今年からはあるのだが、管理職のGOサインが必要で、管理職も様子を見に来ていた。
しかし硬いお役所的な管理職でGOサインを簡単に出すわけにはいかないようで、持ち上がり担任はここぞとばかりに管理職に状況を説明していた。

私自身は、もう仕方ないし先生らに迷惑やし鎮静剤かな…と心が揺れて管理職にも「最終手段としては鎮静剤使って帰ることはできます」と言った。
しかし、担任たちは介助の手を緩めなかった。
私の家の事情での(ハルネのお迎え)下校のタイムリミットを聞かれたので、保育園17時やし16:45です言うとそこまでは…とベテランの先生は言い、持ち上がり担任は「お母さんもゆーさくくんだけでなく妹さんいてお迎えがあって家の事情もあるんです」と管理職にGOサインを促すように説明していた。
なので、私もなるべくここぞとばかりに、ゆーさくに「あんたしっかりしいや。それじゃあバギー乗れへんし、帰られへんやんか。」と、ちとかわいそうなんだけど、こどもに困ってる親みたいに声かけをしていた。

そのうち持ち上がり担任が管理職に「お母さん薬もあるいいましたけど、弛緩剤です。今こうやって介助してれば落ち着いてるし、介助さえしてれば落ち着くんです。だから薬は使いたくないんです」と言うのが聞こえた。
私は我に帰った。
鎮静剤を使うことは敗北なのに、学校にもうしわけないのと親の都合で鎮静剤を使うことに気持ちが揺らいでいた。
しかし親である私以上に担任たちはゆーさくのことを考え対処してくれている。
ちと自分が恥ずかしくなった。
なので私も言った。
「鎮静剤使うと効きは8時間ですが次の日丸一日ぼーっとするんです。家に帰る30分の間のために、次の日丸一日ダメにすることになるんです。」

そのうちなんやかんやでタイムリミットの時間がきた。
管理職とは別に、ゆーさくの様子や管理職と担任のやり取り様子を見に来ていた小学部のトップがボソッと「これじゃあOKしないと帰れないよね」と管理職に聞こえるように言った。
私は直接OKは聞いてないものの、最終的にはOKが出たのか、結局ある下校策が実行された。
管理職は最後見送ってくれたけども。

持ち上がり担任には本当に頭が上がらないというか、担任の姿や発言に私のゆーさくに対しての対処や対応を振り返らされたり、より良い方法やゆーさくの視点はどうなのかを教えてもらっている。
もちろん他のベテラン担任や若い担任たちにも教わったりもあるし、一人一人の担任からだけでなく今年は担任団というチームからも教わることがある。

ただ印象的だったのは、OKが出たと同時に持ち上がり担任がどこかへ行き、なんとかみんなでゆーさくをバギーに乗せようとしてる間に戻ってきて「今日は僕が」と一番に真っ先に持ち上がり担任だけがいつの間にか準備万端だったこと…めちゃめちゃ嬉しいんだけど少し笑えた。